長崎地方裁判所 平成8年(行ウ)7号 判決
原告
末永重人(X)
被告
長崎県(Y)
右代表者知事
高田勇
右訴訟代理人弁護士
塩飽志郎
右指定代理人
松尾太一
同
堀口尚聡
同
井上靖
同
辻樹夫
同
本田和人
事実及び理由
第三 争点に対する判断
一 争点1について
1 まず、〔証拠略〕によれば、以下の事実が認められる。
(一) 長崎県北松浦郡小佐々町葛籠免字婦志木谷付近における本件道路の様子は別紙図面〔略〕のとおりであるが、平成三年一一月一二日、本件道路では、大裕建設株式会社によって舗装工事が行われており、午後五時ころ、粉塵防止のために、別紙図面のうち赤色で示した約一八〇メートルにわたる車道部分一帯(幅員約六メートルであって、塩化カルシウムが撤かれた一帯の面積は約一〇八〇平方メートルとなる。)に、総量二五〇キ口グラムの塩化カルシウムが満遍なく撒かれた。なお、このとき使用された塩化カルシウムは、直径一ミリメートル程度の顆粒状のものであった。
塩化カルシウムは、粉塵防止のほか一般に融氷雪剤や吸湿剤としても使用されており、路上に撒かれた場合、一日経過すれば空気中の水分を吸収して潮解し湿潤状態となる。固形の塩化カルシウムの場合、防塵のために使用する際の適量は、一平方メートル当たり五〇〇ないし一五〇〇グラムとされている。なお、原告が同月一五日に本件事故の現場付近で採取したアスファルト片の分析結果によれば、アスファルトに付着した塩化カルシウムの量は、一平方メートル当たり一六七グラムであった。
(二) 原告は、同月一三日の夕方ころ、乗用車を運転して本件道路を佐々方面から小佐々方面に向かって走行中、前記小佐々町の葛籠免字婦志木谷三六九―一地先のカーブでスリップして本件事故を起こし、ガードレールを破損した(別紙図面に衝突地点を「事故(衝突)現場」と記載。」)が、この付近は、それまでにも事故が多発していた場所であった。
なお、右衝突地点と本件事故の前日塩化カルシウムが撒かれた一帯とは、走行距離にして約三六〇メートル離れている。
(三) その後、同月一四日午前一〇時過ぎころ、原告のほか、当時長崎県庁の県北振興局建設部道路課舗装係長であった神田秀光(以下「神田」という。)や大裕建設株式会社の従業員であって本件道路の舗装工事の現場監督を務めていた黒瀬善太郎(以下「黒瀬」という。)らが本件事故の現場付近に集まり、神田らが原告から本件事故について事情を聴くなどした。
その際、本件道路上には、同月一二日に塩化カルシウムが撒かれた一帯から七〇ないし八〇メートルにわたり、湿った状態の塩化カルシウムが付着しており、その先の本件事故の現場付近も路面が黒く湿った状態であった。
2 以上の事実によれば、まず、同月一二日に本件道路に撒かれた塩化カルシウムは、一平方メートル当たり約二三一グラムであって適量とされる下限の量の二分の一にも満たない量にすぎず、一般的な基準に従った場合はもちろんのこと、本件事故の現場付近が急なカーブになっていて事故が多発していたことを考慮しても、格別多すぎたとはいえない。
また、仮に本件事故発生当時、その前日に塩化カルシウムが撒かれたために路面が滑りやすい状態になっていたとしても、そもそも、塩化カルシウムが撒かれた場所と本件事故の現場とは走行距離にして約三六〇メートルも離れているのであるから、原告が制限速度程度で乗用車を運転して走行していたのであれば、塩化カルシウムが撤かれた一帯でスリップ等をしたことにより本件事故が発生したものとは考えられず、その他本件道路に撒かれた塩化カルシウムの量や塩化カルシウムが撤かれてから本件事故発生まで丸一日程度が経過していることなどを併せ考慮すれば、塩化カルシウムが撒かれたために本件事故が発生したものとは認め難い。
なお、原告は、陳述書(〔証拠略〕)において、本件事故のほかにも本件事故の現場付近で、塩化カルシウム撒布の影響で同様のスリップ事故が何件も発生した旨供述するが、右供述は、〔証拠略〕に照らし、直ちに採用できない。
その他に、本件事故が原告にとって不可抗力によって発生したことを認めるに足りる証拠はない。
二 争点2ないし4について
1 まず、〔証拠略〕によれば、以下の事実が認められる。
(一) 本件事故の結果、ガードレールのレール部分二枚が曲がった上、これらを支えるポスト数本が根元から傾くなどしたが、被告と原告との間で本件事故の原因について協議が行われていたことなどから、しばらくは、これら破損したガードレールはそのまま放置されていた。ところが、本件事故の現場付近の住民から長崎県庁の県北振興局道路課に対し本件道路の早期復旧を望む声が何度か寄せられたため、平成四年一一月初めころ、同課では本件道路の復旧工事を行うことを決め、有限会社古川組(以下「古川組」という。)に対し、電話で本件工事の実施を依頼した。ただし、被告と原告との協議の結果、被告に本件工事の原因がなく原告が本件工事の費用を負担することになれば、被告が本件工事の費用を支出する必要がなくなるため、施工のための伺書は作成されなかった。
そこで古川組は、本件工事として長さ四メートルのガードレール二枚と数本のポストの交換を行う旨及び請負代金は消費税を含め一〇万三〇〇〇円となる旨の見積りを行い、同月九日に見積りどおりの工事を行った上で、後日被告に対し見積りどおり一〇万三〇〇〇円の支払を請求した。そして、平成五年三月の年度末には請負代金の支払をする必要があつたことから、同年二月九日になってようやく前記道路課の担当者によって施工伺書が作成されたものの、その際既に実施済みの工事について施工のための伺書を作成することは理屈に合わないことから、工期欄には同年二月一六日一日間と事実と異なる記載がなされた。
その後、同年三月二五日の支出命令を経て、同月三一日、被告から古川組に対し、本件工事の請負代金として一〇万三〇〇〇円が支払われた。
なお、この間、原告は、平成四年一月六日、被告に対し、本件事故の原因は塩化カルシウムが撒かれたことにあるとして、被告の道路管理責任を問う催告状を提出したほか、同年三月一一日には、本件事故に関し被告代表者を業務上過失蕩害罪で告訴した。
(二) ところで、少なくとも昭和二〇年代後半以降、被告が道路法五八条一項に基づく負担命令を発した例はないが、原因者が判明していれば原因者から任意に工事費用の支払を受けているのが通常である。また、道路が破損し、安全が保てないような場合には、被告において警察に尋ねるなどの方法によって原因者の調査が行われることもあって、道路破損件数の九割近くは原因者が判明しており、本件についてだけ特別に原因者の調査が行われたわけではない。ただし、長崎県内において交通事故等によりガードレールが破損しているにもかかわらず修繕がなされていない例はいくつもあり、その中には本件事故よりもひどくガードレールが破損している例もある。
2(一) このように、本件工事は平成四年一一月九日に実際に行われており、その内容は本件事故により破損したガードレールを原状に戻すものにすぎず、本件道路の復日のために必要最小限のものであって、消費税を含めて一〇万三〇〇〇円の請負代金も妥当といい得る。
なお、道路法上、道路の復旧工事等に関し原因者に工事を行う業者の選択権や工事内容決定の自由裁量権があるものとは解されず、道路の管理者は独自の判断で道路の復旧工事を行った上で原因者にその費用を負担させれば足り、工事の内容や金額、工事を行う業者の選択についてあらかじめ原因者の承諾を得ることは不要であるから、本件で、被告が原告の承諾を得ることなく、本件工事を行ったことについて何ら問題はない。
(二) そして、長崎県内において交通事故等によりガードレールが破損しているにもかかわらず修繕がなされていない例がいくつもあり、その中には本件事故よりもひどくガードレールが破損している例があることを考慮し、かつ、昭和二〇年代以前を含め、本件命令以外に被告が道路法五八条一項に基づく負担命令を発した例が一件もないとしても、道路破損件数の九割近くは原因者が判明しており、被告が道路の復旧工事等行った場合、通常被告は原因者から任意に工事費用の支払を受けているのに対し、本件では、原告が、被告に対しその道路管理責任を問う催告状を提出したり、被告代表者を業務上過失傷害で告訴するなど本件事故の原因を争う姿勢が明確であり、原告から任意に本件工事の費用の支払を受けることは期待できなかつたものと考えられるから、被告が本件命令を発したことはやむを得ず、そのことが平等原則を定めた憲法一四条や地方公務員法一三条(なお、同法は地方公共団体の人事行政に関する規律を定めるものであり、同条も人事行政の場面における平等原則を定めるものであって、そもそも本件のような事案への適用は認められない。)に違反するとはいえない。
三 争点5について
(一) 道路法七三条三項では、道路管理者から負担命令を受け、督促状によって納付すべき期限を指定された者が、その指定された期限までに納付すべき金額を納付しない場合には、道路管理者は、国税滞納処分の例により、負担金等を徴収することができる旨定められており、国税徴収法第五章の規定が準用される。これに関連して、原告は、道路工事費用等の負担金の徴収に国税通則法七〇条一項を適用すべき旨主張するが、同条は、国税の更正、決定等の期間制限を定めたものてあって、その一項では、一定の場合における更正についてはその更正に係る国税の法定申告期限から、また、一定の場合における賦課決定については課税標準申告書の提出期限からそれぞれ三年を経過した日以後においてはすることができない旨定められているのであるが、これら更正や賦課決定は、滞納処分に至る前の段階の手続であって、滞納処分とは直接の関係がない。したがって、道路管理者が負担命令を発するにあたって、同法七〇条一項が適用あるいは準用されるものではない。
そして、道路法七三条五項では、道路管理者が負担金等を徴収する権利は、五年間行わない場合に時効により消滅する旨定められているのであって、原因行為の時点から負担命令を発することなく五年が経過した場合にも負担金徴収権は消滅し、道路管理者が負担命令を発することができなくなるものと解されるが、本件命令は、本件事故発生から五年が経過する前に発せられており、これにより、消滅時効は中断されているから問題はない。
(二) また、同法七三条五項を右のように解した場合、民法七二四条前段適用の余地がないことは当然である。
(裁判長裁判官 有満俊昭 裁判官 西田隆裕 村瀬賢裕)